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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)8178号 判決

原告

今村ツネヨ

ほか三名

被告

中村道弘

ほか一名

主文

被告らは連帯して、原告今村ツネヨに対し金一八万一、九四〇円、原告今村真澄、同今村勝志、同今村かほるに対し各七万七、四四〇円およびこれらに対する昭和四四年一〇月九日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの、その余を被告らの、各負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告らは連帯して原告今村ツネヨに対し金二五〇万円、原告今村真澄、原告今村勝志、原告今村かほるに対しそれぞれ金一〇〇万円およびこれらに対する昭和四四年一〇月九日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、(事故の発生)

訴外今村重春は次の交通事故によつて、死亡した。

(一)  発生時 昭和四三年一二月二〇日午後八時三〇分頃

(二)  発生地 東京都大田区蒲田本町一丁目二番五号

(三)  加害者 第二種原動機付自転車(大田区た八〇〇二号)

運転者 被告中村道弘

(四)  被告者 亡今村重春

(五)  態様 加害者が自転車を手で押しながら横断していた亡重春に衝突した。

(六)  亡重春は同月二三日午後三時四五分東京都大田区蒲田三丁目一八番二所在黒田病院で、右事故による脳内出血、頭蓋底骨折のため死亡した。

二、(責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(一)  被告佐藤は、加害者を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(二)  被告中村は前方に対する注視を欠いたまま運転した過失により本件事故を惹起させたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

三、(損害)

(一)  葬儀費等

原告ツネヨは、亡重春の事故死亡に伴い、次のとおりの出損を余儀なくされた。

1 葬儀費用 三一万七三〇円

2 墓地工事代金 八五万円

3 治療費 一七万三、七〇〇円

(二)  亡重春に生じた損害

1 逸失利益

亡重春が死亡によつて喪失した得べかりし利益は、次のとおり、八六六万四、五四八円と算定される。

(死亡時) 六〇才

(推定余命) 一五年

(稼働可能年数) 七・五年

(年収益) 一六七万五、〇〇二円

(控除すべき生活費) 月三万円

(年五分の中間利息控除) ホフマン複式年別計算による。

2 相続

原告らは亡重春の相続人の全部である。よつて、原告ツネヨは生存配偶者として、その余の原告らは子として、それぞれ相続分に応じて、原告ツネヨにおいて、二八八万八、一八二円、原告真澄、同勝志、同かほるにおいて各一九二万五、四五五円の右損害の賠償請求権を相続した。

(三)  慰藉料

原告ツネヨは亡重春の配偶者として、その余の原告らは子として(いずれも未だ未婚)、亡重春の不慮の事故死によつて精神的苦痛を受け、それを慰藉するためには、原告ツネヨに対し一五〇万円、原告真澄、勝志、同かほるに対し各五〇万円が相当である。

(四)  損害の填補

原告らは自動車損害賠償保険金三〇〇万円を受取つたのでこれをそれぞれの慰藉料に充当した。

(五)  弁護士費用

被告らはその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件原告ら訴訟代理人にその取立てを委任し、その報酬として原告ツネヨにおいて五〇万円を支払うことを約した。

四、(結論)

よつて、被告らに対し、原告ツネヨは四七二万二、六一二円、原告真澄、同勝志、同かほるは各一九二万五四五五円の損害賠償請求権があるところ、そのうち、原告ツネヨは二五〇万円、その余の原告らは各一〇〇万円およびこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和四四年一〇月九日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四、被告らの事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(四)および(六)は認める。(五)は否認する。

第二項中、加害車の所有者が被告佐藤であることは認めるが、その余は否認する。

第三項中、自賠保険金三〇〇万円が原告らに支払われたことおよび原告らの相続関係事実は認めるが、その余は不知。

二、(事故態様に関する主張)

被告中村が本件事故現場にさしかかつた際左前方に貨物自動車一台が停車したので、これをよけるべくセンターライン付近まで出たところ、たまたま前方を走行していた亡重春が後方を確認することなく斜め横断したため、被告中村は急停車の措置をとつたが間に合わず衝突したのである。

三、(抗弁)

右のとおりであつて、被告中村には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに被害者亡重春の過失によるものであるから、被告佐藤は自賠法三条但書により免責される。

第五、抗弁事実に対する原告の認否

抗弁事実は否認する。

第六、証拠関係〔略〕

理由

一、(事故の発生)

(一)  本件事故の発生に関する請求原因第一項の(一)ないし(五)および(六)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  そこで本件事故の態様について判断するに、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は歩車道の区別のある車道部分の幅員一八メートルの見通しのよい通称環状八号線路上で交通量も非常に多く、本件現場の東方約三五メートルの地点には交通整理の行なわれている交差点があり本件現場の北側には本蒲田公園方面に通じる幅員六メートルの道路がある。

2  本件現場付近には左右道路端に六〇メートル毎に交互に三〇〇ワツトの水銀灯が設置されて路面は比較的明るく、前方五〇メートルの歩行者も認め得る程度であつた

3  加害車が被害者に衝突したのは右交通整理の行なわれている交差点の西端横断歩道から西方約三五メートルの地点で、それより八メートル西方左側端には大型貨物自動車(品川一そ一一四五号)が駐車し、車道路左側端から三メートルの部分までを占めていた。

4  被告中村は、本件道路を西方に向け走行し、前記交差点の手前で赤信号のため一たん停止し、青信号になつて発進し、時速約四〇キロメートルに加速して運行中、自己の進路前方約五、六〇メートル左側端に駐車中の大型貨物自動車を発見し、右自動車の右側方を通過すべくハンドルを徐々に右に切り、前記横断歩道の西端から約二〇・五メートルの地点では車道左側端から五・一五メートル付近を直進していた。その時被告中村は自己前方一二・五メートルの車道左側端から二・三メートルの地点を自己と同一方向に向う被害者運転の自転車に気づいたが被害者が直進するものと軽信し、警笛を鳴らすことなく前記速度のまま、また進路を変更することなく進行したため、同人に四・五メートルの距離に近づいたとき、合図することなく右斜めに本件道路を横断しようとする被害者を見て急いで制動の措置をとつたが間に合わず、車道左側端から五・三メートルの地点で被害者運転の自転車の前輪に加害者の前輪を衝突させ、被害者と共に横に倒れ約四メートル先に停止した。

以上の事実が認められ、右認定に反する〔証拠略〕中の被告中村の被害者を発見すると同時に警笛を鳴らし、ハンドルを右に切つた旨の供述部分は、〔証拠略〕により認められる同人のそれまでの警察官に対する供述内容に照らし信用できず、その他右認定を覆すに足りる証拠はない(なお、被害者が横断しようとしていたものかどうかは必ずしも明確ではないが、前掲証拠により認められる衝突地点は駐車中の車より二・三メートル道路中央よりであること、たまたま本件現場付近を被告中村に対向して走行していたタクシー運転手古本清晴も自己の進路に向つて出てくる自転車を見て制動をかけていた事実および被告中村の供述を総合すると、被害者は右に横断しようとしていたと認められ、加害車および被害自転車の破損状況ならびに加害車のドロのとれた跡の場所等によつても右認定を左右し得ない。)

二、(責任原因)

(一)  右認定事実によると、本件事故発生には後記する如く亡重春の過失が寄与していることは否定できないが、加害車の運転者である被告中村も、本件事故につき、自動車運転手として、遵守すべき前方注視義務を怠り、被害者をわずか一二・五メートルの距離になつてはじめて発見し、その際にも前方には貨物自動車が駐車しているので被害者が右側に出てくることは予想されたのであるから、あらかじめ減速してその動静に充分注意し、あるいは警音器を吹鳴して注意を喚起するなどの措置をとるべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然時速四〇キロメートルで運行した過失を犯し、そのため本件事故を惹起しているのであるから、本件事故の結果原告らが蒙つたとみられる損害を民法七〇九条により賠償しなければならない。

(二)  被告佐藤が加害車の所有者であることは当事者間に争いがなく、これによると被告佐藤は加害車の運行の利益と支配を有していたものというべきであり運行供用者としての損害賠償義務を免れることはできず、前記する如く被告中村にも本件事故につき過失があるから、被告主張の免責もその余の判断を用いるまでもなく失当とするほかなく、被告佐藤は自賠法三条により、本件事故の結果原告らに生じた損害を被告中村と不真正に連帯して履行しなくてはならない。

三、(損害)

(一)  被害者の死亡によつて喪失した得べかりし利益とその相続

1  亡重春が本件事故当時六〇才であつたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、亡重春は地方公務員で大田区区民会館次長として勤務し、一年前に一九四万〇〇〇二の給与等の支払を受け、原告らと同居し、右収入をもつて家計を維持し、自己の生活費として右金員の四割を出資負担せざるを得なくなつていたこと、原告真澄、同勝志、同かほるは既に成人となり他に働いて収入を得ているが、いずれも未婚であること、亡重春は強壮な身体に恵まれ、今後なお少なくとも八年間は稼働を続けられたこと、地方公務員には定年制度はないが、亡重春は翌春には退職の勧奨をうけるはずであつたこと、しかし亡重春は退職する気はなく、当時の職を続けたい意欲をもつていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

これによると、亡重春は本件事故により死亡しなければ、少なくとも今後三年間は当時の職に留まり、右収入を取得したであろうことおよびその後退職しても他に職を求め、控え目にみても、昭和四四年賃金センサス「賃金構造基本統計調査」の旧中卒者の年収七八万七、五〇〇円を取得し、その場合でも右金員の四割を自己の生活費として出資負担せざるを得ないであろうことは極めて蓋然性の高いものと認められるのが相当である。

以上の事実に基づき、かつライプニツツ式(複利、年別)計算により法定利率年五分の割合による中間利息を控除して、亡重春の本件事故時における逸失利益の現価を計算すると、次のとおり四九三万六、九五八円となる。

(一、九四〇、〇〇二×二・七二三二)+七八七、五〇〇×〇・六×(六・四六三二-二・七二三二)

四、九三六、九五八円(円以下切捨て)

(ただし六・四六三二は期間八年の、二・七二三二は期間三年の決定利率年五分による福利年金現価数)

2 原告らの相続関係事実は当事者間に争いがないから原告ツネヨは生存配偶者として、その余の原告らはいずれも子として、それぞれ相続分に応じ亡重春の賠償請求権を相続したことになる。その額は、原告ツネヨにおいて金一六四万五、六五二円

その余の原告らにおいて各金一〇九万七、一〇一円である。

(二) 原告らに生じた損害

1  葬儀費用・墓地工事代金

〔証拠略〕によれば、原告ツネヨは亡重春の事故死に伴ない葬儀当日の諸費用のほか、通夜、五〇日祭の法事費用、これら行事に際しての来客接待費等として、少なくとも金三三万六、四三〇円の出費を余儀なくされていること、また原告ツネヨは亡重春の霊をまつるため、墓地工事に八五万円を出円したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかし、亡重春の社会的地位、年令、身分関係、遺族構成から見て、本件事故と相当因果関係のある損害は葬儀費用二〇万円、墓地工事代金一〇万円をもつて相当と認める。

2  治療費

〔証拠略〕によれば、原告ツネヨは重春の事故による受傷後死亡時までの治療費一七万三、七〇〇円を黒田病院に支払つたことが認められる。

3  慰藉料

前記認定の亡重春の社会的地位、健康状態、家庭状況からすると、原告らはこれまで一家の支柱として頼つてきた重春を不慮の事故で失い、甚大な精神的苦痛を受けたことが推認され、原告らの精神的苦痛を慰藉するためには、原告ツネヨに対し金一五〇万円、その余の原告らに各五〇万円ずつをもつてあてるのが相当である。

(三) 過失相殺

しかし、前記認定の事故態様によれば、亡重春は、交通量の多い道路において、あらかじめその合図をせず、かつ後方の安全を確認することなく自転車の方向を変え道路を横断しようとした重大な過失が認められ、亡重春の右過失と被告中村の前記過失を対比すると、原告らの損害のうち六割について過失相殺するのが相当である(被告らは免責の主張をするのみで過失相殺の主張をしていないが、免責の主張の中には予備的に過失相殺の主張も包含されていると解するのが相当である。)。

(四) 損害の填補

原告らが損害の填補として自賠責保険金三〇〇万円を受領したことは当事者間において争いがないから、これを原告ツネヨの積極的損害である葬儀費用等三〇万円および治療費一七万三、七〇〇円に充当し、その余をそれぞれ相続分に従つて原告らの損害に充当すると、その損害残額は原告ツネヨにつき一三万一、九四〇円、その余の原告らにつき各七万七、四四〇円となる。

(五) 弁護士費用

右のとおり、原告らは被告に対して合計三六万四、二六〇円を請求し得るところ、弁論の全趣旨によれば、被告らが任意の弁済に応じないので、原告らは、弁護士である本件原告ら訴訟代理人三名に本訴提起を委任し、その報酬として原告ツネヨにおいて三〇万円の支払を負担したことが認められるが、本件事案の難易前記請求認容額等本訴に現われた一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係ある損害として被告らに負担させるべき費用としてはうち五万円が相当である。

四、(結論)

以上の次第であるから、被告らに対する本訴請求は、原告ツネヨにおいて一八万一、九四〇円、原告真澄、同勝志、同かほるにおいて各七万七、四四〇円およびこれらに対する訴状送達の翌日である昭和四四年一〇月九日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるのでこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条、九二、九三条を、仮執行の宣言については同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中康久)

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